分子標的薬 -2011年8月31日掲載-

分子標的薬という言葉はご存知でしょうか。

化学療法薬

がんの薬物治療というと、これまでは化学療法薬と呼ばれる薬が中心でした。

化学療法薬は細胞を殺す作用によって効果を発揮する薬ですが、がん細胞だけを攻撃するのではなく正常な細胞も攻撃してしまう欠点を持っています。

もともと化学療法薬はがん細胞を殺して正常細胞には影響を与えにくいものを試験管内の反応やマウスを使った実験によって、多くの物質の中から選び出す方法で開発されてきました。どうしてがん細胞に効くかというメカニズムも、がん細胞に効く物質を見つけてから研究され、明らかにされました。

分子標的薬

一方、分子標的薬と呼ばれる抗がん剤が20世紀の終わりごろから登場してきました。細胞を分子のレベルで研究する分子生物学という学問の発達が、このような薬の開発につながりました。

がん細胞の増殖や転移にかかわっている物質(分子)を研究し、この物質の働きを抑えてやればがん細胞を制御できると考えたわけです。すなわち分子標的薬は、従来の化学療法薬のようながん細胞が死ぬという結果からではなく、こうすればがん細胞の増殖を抑えられるはずだという理論から生まれた薬といえます。

副作用の違い


では、化学療法薬と分子標的薬は実際の治療においてどのような違いがあるのかというと、まずひとつは副作用の違いです。

化学療法薬では細胞が分裂・増殖する時点に作用するので、体の中で常に分裂を繰り返している血液系の細胞や消化管の粘膜細胞、毛髪の根元にある毛母細胞は影響を受けやすく、白血球や血小板の減少(感染症や出血といった症状がでる)、口内炎や下痢、脱毛などの副作用が起こります。

それに対して分子標的薬では化学療法薬ではなかったような、さまざまな副作用が報告されています。肺がん治療で使われるゲフィチニブ(イレッサ)による間質性肺炎の副作用は、大きな薬害を招いたことで有名です。

他にも分子標的薬の種類によって、心不全や胃腸の穿孔(穴があくこと)などの重篤な副作用が報告されています。これらの副作用の頻度はさほど高くありませんが重症化することがあるので注意が必要です。皮膚症状や高血圧といった副作用も報告されています。

効果予測

効果という面では、これまでの化学療法薬は使ってみなければ効果は分からないといった状況でした。

ところが分子標的薬では、がん細胞の標的をあらかじめ詳しく調べることで、効きそうな人を選別できるようになりました。たとえば、トラスツズマブ(ハーセプチン)という分子標的薬はHer2という標的が過剰に発現している人で有効であることが分かっています。また、ゲフィチニブ(イレッサ)でも標的であるEGFRというタンパク質に変異が起こっている場合に良く効くことが分かってきました。すなわち、分子標的薬は無駄な副作用を避けて、その人にあったテーラーメイドな治療が出来る可能性をもった薬と言えます。

また、分子標的薬では今まで化学療法薬であまり治療ができなかった腎臓がんや肝臓がんに有効なものも登場しました。

現時点では分子標的薬でがんが完治するわけではありませんが、これからの研究で、がんを克服できる分子標的薬が作られることを期待したいと思います。

参考:がんサポート情報センター